「代謝工学」と「合成生物学」その1
「代謝工学」と「合成生物学」というアプローチがある。
バイオでものづくりをする上では欠かせないアプローチであり、SDGs、つまり持続可能な開発目標に対して有効なアプローチになってくると考えられている。
ただ、その違いというものについて改めて調べてみたい。
「代謝工学」では、目的とする化合物を天然で合成できる微生物を利用する。古典的な技術である突然変異を利用したり、遺伝子組換え・ゲノム編集を利用することで、目的とする化合物への代謝フラックスを増強させるアプローチである。
Toward a science of metabolic engineering
一方で、「合成生物学」では、目的とする化合物を天然では合成できない微生物を利用して、人工的に代謝経路を導入することで、目的とする化合物を生産させるアプローチである。
これらのアプローチは必ずしも二分されるわけではなく、融合したアプローチがとられることの方が多い。むしろ、二分することはできないほど混じっているのが現状の研究界隈である。
Synergies between synthetic biology and metabolic engineering
「合成生物学」の代表としては、抗マラリア薬の原料であるアルテミシニンを、酵母で生産した研究ではないだろうか。
Production of the antimalarial drug precursor artemisinic acid in engineered yeast
出芽酵母は天然でエルゴステロールを合成する。細胞膜を構成している成分であり、その合成は取りこんだ糖が酸化分解される解糖系を経て、アセチルCoAからメバロン酸経路と呼ばれる経路を通って合成される。
出芽酵母を「代謝工学」のアプローチで改変してやると、エルゴステロールの前駆体であるFPPと呼ばれる化合物を高生産させることができる。そのようなFPP高生産株に対して、さらに2つの酵素を発現させてやることで、アルテミシニン酸を生産させることができる。
その後、Amyris社によって大きく改良がなされている。
High-level semi-synthetic production of the potent antimalarial artemisinin
「合成生物学」を利用するアプローチでのポイントとなるのが、前駆体を高生産する菌株を利用することにある。そうすることで、天然で目的物を生産する菌株以上に生産性を有する菌株を育種することができるのである。
そして、「合成生物学」のアプローチを利用して、数々の化合物合成が達成されている。
大腸菌でのアルテミシニン合成
Engineering Escherichia coli for production of functionalized terpenoids using plant P450s
酸化還元酵素ファミリーでありP450を、大腸菌で機能発現させることで、アルテミシニン合成に成功している。
ベンジルイソキノリンアルカロイド:麻酔薬の原料
Production of benzylisoquinoline alkaloids in Saccharomyces cerevisiae
植物の遺伝子を、微生物でも機能発現させられることを示した。
高級アルコール類:
Non-fermentative pathways for synthesis of branched-chain higher alcohols as biofuels
トレオニン、ピルビン酸、フェニルピルビン酸を起点として、2-ケト酸脱炭酸酵素とアルコール脱水素酵素を組み合わせるだけで、種々の高級アルコールの生産を達成している。
ジダノシン:抗HIV薬
Bioretrosynthetic construction of a didanosine biosynthetic pathway
有機合成で行われる逆合成解析のバイオ版で、経路を見出している。