見習いインフォマティシャンのノート裏

メタボロミクスに関わるバイオインフォやケモインフォの研究が生業。

「代謝工学」と「合成生物学」その1

代謝工学」と「合成生物学」というアプローチがある。

バイオでものづくりをする上では欠かせないアプローチであり、SDGs、つまり持続可能な開発目標に対して有効なアプローチになってくると考えられている。

 

ただ、その違いというものについて改めて調べてみたい。

 

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生命と代謝

「生命はどのようにして生きているのだろうか?」

その問いを考えるときの足掛かりとして、代謝というのが一つのキーワードではないだろうか。

代謝とは、生命の維持のために有機体が行う、外界から取り入れた無機物や有機化合物を素材として行う一連の合成や化学反応のことであり、新陳代謝の略称である。

『生化学辞典第2版』東京化学同人、p776-777

やはり。代謝(反応)があるからこそ生きることができている、と言っても過言ではないのでは、と思う。

 

では、代謝を考える。

わかりやすいのは、バクテリア大腸菌、乳酸菌など)である。彼らは、他のバクテリアと資源の競合が起きた時に、速く増殖するという生存戦略をとっている。その結果として、例えばゲノムのサイズを小さくする戦略が垣間見える。

また、単純な生存戦略であることから、代謝の流れは生存に最適化されている言い換えられる。その言いかえのおかげで、代謝反応の量論式を立てて、増殖が最大化されるような目的を設定した線形計画法で、代謝のシミュレーションを容易に実行ができる。

そのシミュレーションの結果は、経験的な仮説である代謝フラックス分布に近似していることから、代謝の設計原理として「速く増殖する目的で代謝している」という仮説を立てることはあながち誤った戦略ではないことがわかる。

 

一方で、真核生物の代謝を考える。

身近な例として、出芽酵母を取り上げたい。ヒトの方が身近ではあるが、多細胞生物な上に人体実験は好ましくない。まずは単細胞生物で、実験もそれなりにやりやすいことから出芽酵母について考えてみよう。

出芽酵母代謝の特徴といえば、クラブツリー効果というものが知られている。

酸素がある状態でも、エネルギー獲得効率のよい呼吸をあまりしない。呼吸の代謝プロセスは、炭素源(糖など)を最終的にCO2として排出して、その過程でATPを再生するプロセスである。その呼吸の代わりに、主に発酵を行う。こちらは最終的にエタノールを排出して、その過程でATPを再生するプロセスである。取り込んだグルコースの8割程度は、エタノールに変換している。

こういった特徴のおかげで、ヒトは酒類を楽しむことができている訳ではある。

 

しかし「速く増殖する」ためであれば、呼吸の方が圧倒的に有利である。その呼吸をあまり行わないということは、代謝の設計原理は「速く増殖する」ことを目的としては設定できないことが見えてくる。

結論からいくと、代謝の設計原理はまだわかっていない。

想像の範疇であるが、空気中に飛んでいて、偶然にもブドウに到達したとする。すると、ブドウの持つ糖分を何よりも早くエタノールに変換して、バクテリアや他の菌の侵入を防ぐ。結果として、糖分を一族で独り占めできることになる。

そこで、「速くエタノール変換を行う目的で代謝している」という仮説の下で考える。例えば、代謝シミュレーションなんかを行ってみると、まったく呼吸をしないという結果に行き着く。しかし、実際には呼吸「も」しているので、齟齬が生じる。

そういったことから、いろいろな仮説が提案されている。

 

代謝酵素量を効率化(最小化)する

Shifts in growth strategies reflect tradeoffs in cellular economics

・栄養源の輸送量で上限が決まる

Economics of membrane occupancy and respiro-fermentation

・自由エネルギー生成量で上限が決まる

An upper limit on Gibbs energy dissipation governs cellular metabolism

 

現代でも、まだ仮説が提唱されていることからわかる通り、酵母代謝設計原理は決定版がない。

 

単細胞の出芽酵母ですら未知なのに、多細胞であるヒトは?

まったくわかっていないのが現状である。

話を戻すと、代謝(反応)があるからこそ生きることができているとしても、代謝の設計原理がわかってはじめて「生命はどのようにして生きているのだろうか?」に対して答えることができるのではないだろうか。

そこは今後の研究にかかっている。